能楽の伝統と革新 – 能楽師・梅若紀佳が語る芸術の未来

業界紙「能楽タイムズ」にも取り上げられました。

能楽の伝統と革新 – 能楽師・梅若紀佳が語る芸術の未来

 2024年も残すところわずかとなってまいりました。

 今回のインタビューのお相手は、梅若紀佳です。梅若万三郎の長男梅若紀長の長女として生まれ、三歳から能の舞台に立っています。

 この2024年、梅若紀佳は能楽師として独立を果たし、準職分となりました。10月には独立記念能『熊野』も勤めました。

今回は、この記念の年の締めくくりに梅若紀佳に、伝統芸能の継承とデジタル時代における新たな挑戦について、インタビューしました!

これまでの経歴と能楽との出会い

 若くして多くの大曲を演じる機会を与えられ、伝統を守りながらも革新的な取り組みにも積極的に挑戦しています。「女性でなければできないことがあり、それは女性らしくすることではない」という言葉が印象的でした。国内外での公演活動はもちろん、後進の指導や能楽の普及活動にも力を注いでいます。

 そんな梅若紀佳ですが、能楽との出会いは芸術への純粋な憧れから始まりました。幼い頃から絵画や音楽といった芸術に親しみ、様々な表現方法を探求する中で、それらを総合的に学べる場として能楽に出会ったといいます。

「自分が好きなことをたくさん学べる職業として能楽に出会い、気づいたときにはプロになっていました」と言います。日頃から芸術への真摯な姿勢が感じられます。

能楽の持つ深い芸術性

 能楽の魅力について、印象的なエピソードを語ってくれました。名作「景清」での体験です。

梅若万三郎がシテ景清を、梅若紀佳がツレ人丸(ひとまる)を演じました。

「景清は平家が負けるのを見たくなくて、自分で自分の目をえぐって、宮崎の方に逃げていました。その日向の国に娘(紀佳演ずる人丸)が会いに行くという物語なんですが、目が見えないはずの景清が家の中から外を見るような型をするんです。見えない人には見えている世界があるんだなと感じたとき、舞台の上なのに、さーって風が吹いたような感じがして。秋の風が吹いて、波の音がザーッと聞こえてくるような景色が広がったんです」

この語りが示すように、能楽には物理的な舞台空間を超えた、想像力を喚起する力があります。それは単なる演劇を超えた、日本独自の美意識や精神性を体現する芸術なのです。

デジタル時代における能楽の挑戦

オンライン教育の新展開

 デジタル化の波は能楽の世界にも及んでいます。梅若紀佳は、オンラインレッスンや仕舞の手本動画の配信(限定公開)など、新しい取り組みを積極的に行っています。特に、遠方の学習者や、時間の制約がある人々への教育機会の提供として、デジタルコンテンツは大きな可能性を秘めているといいます。

 しかし同時に、その限界と課題についても明確な認識を持っています。「動画があるから安心する」という安易な姿勢を戒め、実際の稽古を通じた体得の重要性を強調。また、一期一会の舞台芸術としての本質を損なわないよう、デジタルコンテンツの適切な活用方法について、常に考えを巡らせているとのことです。

最新技術がもたらす可能性

 VRやAI技術については、慎重ながらも革新的な提案をしています。例えば、能楽の複雑な物語背景をAIが分かりやすく解説したり、VRで舞台空間を体験できるようにしたりする可能性を語っています。

 特に興味深かったのは、「それぞれが感じることが違うからこそ、無限の世界が広がる」という視点です。技術はあくまでも入り口として活用し、個々の観客の想像力や感性を大切にする姿勢が印象的でした。

グローバル展開と文化の架け橋

 海外公演での経験も豊富な梅若紀佳。ベルリン公演など、国際的な舞台でも高い評価を得ています。

「お客様は日本だから海外だからといって何も変わらない」という言葉が印象的でした。むしろ海外の観客の方が、事前に勉強して臨むケースも多いとのことです。また、大型スクリーンでの字幕表示など、言語の壁を超えるための工夫も重ねられています。

特に、能楽の特徴である「何もない空間」や「内に秘めた表現」といった要素が、グローバルな観客の心を捉えているそうです。これは、現代のミニマリズムや瞑想文化とも通じる普遍的な魅力といえるでしょう。

若い世代への継承と育成

 後継者育成については、現代社会特有の課題に直面しています。

「教えてもらうタイミングを自分で見つけていかなきゃいけない。今までの学校のように聞いてどうこうするんじゃなくて、見て盗まなきゃいけない」という言葉には、伝統芸能の本質的な学びの形が示されています。

 しかし、梅若紀佳は希望も語ります。各地での子ども向けワークショップの開催や、学校への出張公演など、若い世代との接点を増やす取り組みを続けています。また、文化庁との協力で、地方でも質の高い能楽を鑑賞できる機会を作る活動も行っているとのことです。

おわりに

 インタビューの最後に、能楽師としての夢を尋ねると、「舞ってもらいたい」という言葉が一番嬉しいと輝くような笑顔で答えが返ってきました。これからもそう言われる能楽師でありたいと。この短い言葉の中に、観客と共に作り上げる芸術への深い愛情が感じられました。

 10年後の展望について尋ねると、オンラインコンテンツの更なる進化とともに、次世代の担い手たちが着実に育っていることへの期待を語りました。また、英語での発信強化など、より国際的な展開も視野に入れているとのことです。

600年の伝統を守りながら、現代に寄り添う形で革新を続ける。そんな姿勢に、日本の伝統芸能の明るい未来を見る思いがしました。

(取材・文:2024年12月21日)

次の記事は梅若志長インタビューを予定しています。

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