能を知ろうワークショップ 第7回・第8回レポート

――舞台のかたち、身体のかたち

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能を知ろうワークショップ 第7回・第8回レポート


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回を重ねるごとに、稽古の中心はだんだんと「実技」へと移ってきました。記事として書き残せる言葉よりも、繰り返しの中で身体に染み込ませていく時間のほうが、ずっと長くなってきています。

そんな実感もあり、本記事をもって連載のレポートはひと区切りとさせていただこうかと考えています。発表会に向けた残りの稽古は、ぜひお手元のメモやご自身の身体の感覚として、それぞれに育てていただければと思います。

今回は2回分のワークショップの内容を、ひとつの記事にまとめてお届けいたします。


舞台の中の、見えない地図

能舞台は、ただ演技をするための場所ではありません。柱のひとつひとつ、幕の色のひとつひとつに、意味と名前があります。

舞台の奥に下がる幕の向こうには、「鏡の間(かがみのま)」と呼ばれる空間があります。演者はここで能面(おもて)をかけ、役が「降りてくる」のを静かに待ちます。面をつけるということは、衣装を整えるのとは違います。歴史上の人物や、亡くなった方の魂に「なる」という、ひとつの儀式なのだそうです。

その手前にあるのが「五色幕(ごしきまく)」。陰陽五行に基づいた五つの色を組み合わせた幕で、その向こう側は宇宙、あるいは無限の異空間とされます。橋掛(はしがかり)を渡って本舞台へと進むということは、その異空間からこの世へと足を踏み入れることに他なりません。

舞台の中にある柱にも、それぞれ名前があります。主人公(シテ)が最初に向かって進む「シテ柱」、演者が方向を確認するための基準となる「目付柱(めつけばしら)」、生きた人間の役であるワキが座る「脇柱(ワキ座)」。ワキは客席にいちばん近い位置に座ります。これは、観客と同じ立場で主人公の物語を聞くという、橋渡しの役割を担っているからです。

舞台の上には目に見える地図はありませんが、演者にとっては、すべての位置が意味を持つ精密な座標として身体に刻まれています。


謡の、細やかな起伏

謡の稽古では、これまでに学んだ基本の動きに加えて、より細やかな表現の記号を学びました。

「浮(うき)」は、音をふっと浮かせるように響かせること。「入り(いり)」は、音をぐっと一段上に押し上げること。「回し(まわし)」は、音を転がすように動かす技法です。そしてそれらを組み合わせた「イリ回し」では、音を上げながら、二つの山を作るように回していきます。

ひとつの言葉に、これだけの音の動きが込められている。文字の上に並ぶ点や線の記号は、楽譜であると同時に、感情の地図でもあります。

「半蔀」の終わりが「上音(じょうおん)」で締めくくられるのは、夕顔の霊が成仏し、物語が救済へと向かうことを音そのもので表しているのだと教えていただきました。最後の音が、上に澄んでいく。それは耳で聴く救いのかたちなのだと思います。


すり足と、胴長の美

仕舞の稽古では、能の歩法の根幹である「すり足」をより丁寧に確認しました。

腰をしっかりと落とし、地面と平行に重心を移していく。足の裏全体を床に吸い付かせるようにして、カチカチに凍ったアイスをスプーンで削るような、それぐらい強い力加減で床を擦りながら進みます。足を前に出してから、最後の一瞬だけ足先をすっと上げる。この一連の動きの中に、能の歩く姿が凝縮されています。

構えにも、独特の美意識があります。胴が長く見える姿勢が、着物姿では美しいとされます。脇の下にしっかりと空間をつくり、肘を張ること。骨盤を前に出さず、体の中心軸を一本通すこと。そうしてようやく、装束が映える構えになります。

扇の先端を、常に体の中心線に合わせるようにする、というのも同じ理由です。中心軸が通っているからこそ、型は美しく整う。一本の見えない線が、身体のすみずみまで貫いている感覚を、何度も繰り返して身体に覚えさせていきます。


自分のペースで、舞う

稽古を進めるなかで、繰り返し聞いた言葉が「隣の人に合わせなくていい」ということでした。

能は、個々の「間(ま)」を尊重する芸能です。地謡(じうたい)も囃子方も、シテの呼吸と動きに合わせて全体を調整していきます。ですから、稽古の場でも、誰かに合わせようと焦るのではなく、自分自身の型をひとつずつ確かめながら進んでいくことが大切なのだと教わりました。

そしてもうひとつ、印象的だった言葉があります。「上手は下手の手本、下手は上手の手本」。

うまく舞う人を見て学ぶのはもちろんですが、まだ慣れない人の動きを客観的に見ることもまた、自分自身の稽古になるという意味です。完成された型を真似るだけでなく、迷いや揺れの中にこそ、見えてくるものがあるのかもしれません。

舞台に上がる際には、眼鏡もアクセサリーも外します。身ひとつで、装束と扇だけで、空間に立つ。復習のためには、ぜひご自身の稽古や講師の模範演技をビデオに残しておいてください、というアドバイスもありました。


最終回には、お一人ずつ舞台を使い切って、出入りを含めた仕舞を披露していただく予定です。短いように思える時間の中に、これまで積み重ねてきたすべてが凝縮されていきます。

そして7月には、講師の父がシテをつとめる本格的な能公演「半蔀」が控えています。ご自身で体験された苦労や発見を抱えたまま、ぜひ実際の舞台にも足をお運びください。同じ演目でも、見え方がきっと変わってくるはずです。


連載のレポートは、ひとまず今回をもって締めさせていただきます。これまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

これからはひたすらに実践の日々。

発表会の日、舞台でお目にかかれることを心から楽しみにしております☺️

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この記事を書いた人

株式会社 Umewaka Noh 代表取締役 
能を知ろうワークショップ主催
梅若万三郎家の人。家族は全員能楽師。
52歳で海外一人旅をスタートしスペインの巡礼路を歩きました。一人でも多くの人に、能と旅の楽しさを知っていただけるといいなと思って、記事を書いています。
能には旅人が登場し、観客の目となり耳となってその場の出来事を感じ伝えてくれます。私もそんな役目ができたらと願っています。

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