――能面と装束、そして型の意味を知る

本日の講師、梅若志長は、祖父梅若万三郎から「火事の際は、他の家財を差し置いても、能面だけは窓から投げ捨てて守れ」と言われたそうです。
このお話から今回は始まりました。室町時代から伝わる面が今も現存しているのは、戦火や火災の中でそうして守り抜いてきた人たちがいたからです。能面は舞台小道具ではなく、家門の歴史そのものなのだと、あらためて感じさせられる言葉でした。
唐織と長絹、二つの装束
第5回に引き続き、二種類の装束を実際に見ていただきました。
唐織(からおり)は、豪華な女性役の装束です。刺繍ではなく「織り」で立体的な文様を生み出すこの衣。主人公や神聖な役柄には、紅白が段がわりとなった配色が選ばれることも多いそうです。

もうひとつの長絹(ちょうけん)は、透け感のある装束です。
もともとは公家の少年が着る宮廷装束の1つでしたが、室町時代に大成した能の装束として転用されました。
装束の選択は、役者の身長、季節、上演場所に合わせて役者自身がアレンジするものだそうです。同じ演目でも、誰がどこで演じるかによって、舞台の色彩はわずかに変わります。
着付けでは、すべて紐で結んで固定します。「馬頭鬘(ばすかづら)」と呼ばれる馬の尻尾を加工したかつらを付け、役の風格を作り上げます。(筆者が講師に「どのような漢字ですか」と尋ねたら、子供の頃から耳で覚えた講師には「こんにちは」ってどういう意味ですか?と聞かれるくらい驚きの質問だったらしいです。)本来は硬い素材の装束が、着付けによって膨らみをもち、立体的なシルエットへと変わっていく。装束を着ることは、役になることの始まりです。

なお装束は、汗や動きによって少しずつ傷んでいきます。保存のために「虫干し」といって、舞台の上に広げて空気を通す作業も定期的に行われます。使い続けながら、守り続ける。その両立が、数百年という時間を越えてきました。

記号を読む、音を知る
謡の稽古では、謡本(うたいぼん)独自の記号「ゴマ点」の読み解き方を学びました。
音の高さは「上・中・下」で示され、まず自分の出しやすい「中」の音を基準に決めるところから始まります。「張る」は音を力強く上げること、「走り」は最初の文字を膨らませて後の文字へ滑らかにつなぐ技法、「落とし」は音を一段階落とすことを意味します。
記号の意味を知ることで、ただ真似るのではなく、その音が何を表現しようとしているのかを意識して声を出せるようになります。型には必ず理由がある、というのは、謡の記号も同じです。
扇と空間と、一直線の美
仕舞の実技では、扇の持ち方を丁寧に確認しました。
「雲ノ扇(くものおうぎ)」は、扇を返しながら大きく広げる動作です。左足を引きながら体から扇を遠ざけ、空間を広く使います。このとき、扇の一番下の骨と小指が添い、腕までが一直線になる「かざし扇」の形を綺麗に整えることで、扇の柄が美しく映え、様式美が完成するのだそうです。細部に宿る美意識が、全体の印象を決めています。

舞台を広く使いながら、自分が今どこにいるかを常に計算することも求められます。「回り」の動作では半円を描くように動き、最終的に元の位置へ正確に戻ること。舞台の上には、自分の歩幅、歩数で中心に戻ります。
装束の重みの中で、記号の意味を知りながら、型の理由を身体に刻んでいく。能楽の稽古とは、そういう積み重ねなのだと、回を重ねるたびに思います。
いよいよ折り返し地点に来ました。
皆様の姿に、学びが身体に根付いていく静かな変化を感じます。

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